未来はつくれる

人口減少、少子高齢化の中で、
地域の担い手不足、働き手不足。
それに起因する地域の活力の衰退。

課題はあげればキリがない。
ないものを嘆き、
現状を悲観し諦めるのは簡単だ。

意志あるところに道はできる。
この地域に暮らす一人ひとりの願いと
問題意識の裏にある”意志”を集めたい。

そして、
未来への意志を持ち寄って、
成り行きの未来に立ち向かいたい。
民間だけでなく、行政だけでもなく、
政治だけでもなく、
一人ひとりの想いと行動が
この地域の未来を変えていけると
私は信じています。

50年後、100年後振り返ったときに
子どもたちに伝えたい。

「未来は、つくれる」んだと。
すべては、
次の世代の子どもたちのために。

わたしは、
意志を持って行動し続けます。

プロフィール

出雲市立今市幼稚園・今市小・出雲一中、出雲高校を経て中央大学商学部を卒業。
企業の人材育成と組織変革支援に携わる
人事コンサルティング会社へ就職。
その後、Uターンし、
認定NPO法人カタリバおよび
(一財)地域教育魅力化プラットフォームにて、若者に選ばれる島根をつくるべく、
若者のUIターン支援、企業のインターンシップ・採用・育成支援、
中高生の不登校支援、キャリア教育支援、
新しい人の流れをつくる地域留学など、様々な事業を推進。

生年月日1990年3月12日
出身島根県出雲市生まれ
家族妻と子ども(3歳)と3人暮らし
趣味サウナ、旅行、キャンプ、子どもと遊ぶ
好きな言葉「意志あるところに道はできる」
幼少期時代

三人兄姉の末っ子として誕生。
次男坊らしく自由奔放に育ち、
ひょうきんでいつも鼻歌をうたってる子どもでした。
兄と姉とは、よく遊び、よく喧嘩しました。
怒られる兄と姉を見て、怒られないように動くような、要領の良い生き方をしていました。(らしい )

小学校時代

兄の影響もあり、小学校1年生の頃からサッカーをはじめる。
とにかく体を動かすことが好きで、休み時間もサッカーとキックベースの毎日。
スイミングも6年生まで通いました。
学校外では、ボーイスカウトに入団。
火起こしや自然の中で創作したりとアウトドアに目覚めたきっかけにもなりました。

中学校時代

出雲市立第一中学校に進学。
人生の恩師と友達に恵まれた中学時代。
中学でもサッカーを続け、2年生からサッカー部のキャプテンに。
チームをまとめる大変さに葛藤しながら仲間に支えられやりきる。
グラウンド場の姿勢だけではなく、ピッチの外の私生活も含めた行動がすべて結果になって返ってくるという恩師の教えは、今でも大切にしています。

高校時代

出雲高校普通科に進学。
得意教科は、数学と世界史。苦手教科は、国語と物理。
全国大会出場を目指し、とにかくサッカーに情熱を注いだ3年間でした。高校3年生の体育祭は、最も記憶に残る人生の1ページの一つ。オレンジ組のリーダーとして、仲間とともに青春を謳歌しました。
チームで一つのことを創り上げていくこと、そして、気持ちを一つに目標に向かうこと。
リーダーはチームの力を足し算ではなく、掛け算に変えていける人であること。
ゴールを共有し、一人ひとりが貢献できる立場と役割を持ってもらうことの重要性を、サッカーと体育祭で学びました。

大学時代 (学生生活)

中央大学商学部入学。
とにかく東京にでたい一心で受験をして、上京。
とにかく自分の世界を広げたいと、海外をリュックひとつで旅するバックパッカーに憧れ旅をしました。
国内43都道府県の地域をヒッチハイクをして巡り、海外はアジアを中心に18カ国を自分の足で巡りました。
言葉が通じない、これまでの常識が全く通用しない。そんな異なる文化や宗教観に触れ、自分の価値観や当たり前が更新されることで広がる世界を知りました。
特に、ミクロネシア連邦ヤップ島での自給自足の暮らしでは、命のありがたさと尊さを学ぶ貴重な経験でした。

大学時代 (転機)

成人式をキッカケに中学校の同級生と再会し、語り合った帰りの新幹線で、
将来、自分は必ず島根に帰ってくることを決意。
この日を境に島根を自分たちでもっとおもしろくしたいと、東京で島根出身の若者が集まるコミュニティを立ち上げ、県人会などのイベントの企画や東京で島根の農作物を仕入れてファーマーズマーケットに出店、島根県へのツアーの企画実施など島根を盛り上げる取り組みをはじめていきました。

就職@東京(人事コンサルティング)

新卒で入社した会社は、日本代表する大手商社、食品メーカー、建設会社からIT企業をはじめとするベンチャー企業から中小企業まで様々な企業の人材育成、組織変革を支援する企業。
全国に出張しながら、朝早くから深夜遅くまで、お客様の組織や人の課題に向き合いひたすら働いていました。
一番印象に残っているのは、組織を変革したいと危機感を持った企業の経営者・人事の皆様と2年間に渡って、体系的な人材育成施策を構築し、少しずつ積み上げていくことで組織が少しずつ変わっていく姿を感じたことです。
それと同時に、一人ひとりの強い意志が企業をつくっていくこと、また個人の能力を活かすも殺すも組織の制度や風土が起因していることが実感を持ってわかってきました。
そんななかで、もっと早い段階の世代の人材育成や教育に問題意識を持つようになりました。

転職@島根(Uターン)

学生時代に関わった教育系の認定NPOカタリバが、地元島根に支社を出すことになったのをキッカケに島根にUターン。
教育や人材育成を起点に持続可能な地域・社会をつくる挑戦。
1500人以上の高校生、大学生、若手社会人と関わり様々なプロジェクトを推進。
はじめての行政との仕事におもしろさとやりがいを感じながら、大きな組織であるがゆえの縦割り構造・スピード感の遅さ、既存のルールや枠組みを変えていくことの大変さ、予算の使い道へのもどかしさなどを思う中で、政治への想いを馳せるようになりました。

政治に挑戦した想い

スウェーデン、デンマークなど北欧の視察をきっかけに、
「若者が帰りたい、暮らし続けたいと思う島根をつくる」ことが自分の志であり、島根の未来にとって最も重要であることを再認識。
島根県で最も予算を持っているのは、約5000億の予算を執行する島根県庁。
島根県の予算をしっかりと次の世代に投資をしていき、若者たちが希望を持てる島根を創りたい。
これからもたくさんの人たちの声を聞き、
誰もが明日を信じられる、
自分の可能性を発揮できる、
島根の未来を築き上げていきます。